この記事は、スマホゲーム(以下スマゲー)をどうしてもやめることができない方へ、依存ではなく「共存」していくための私の体験談です。
なお、私は「無課金」を貫いています。課金者の方の依存はまた別次元の問題ですので、専門の医療機関への相談をお勧めします。無課金ゆえにやめられず苦しんでいる方にとって、何かのヒントになれば幸いです。
自分なりに納得するスマゲーとの付き合い方
以前、私は「スマホゲーム依存から抜け出す方法」という記事を書きました。あれが2022年9月のこと。それから約1年が経ち、私は「依存」から「共存」という考え方にシフトしました。

1. 2022年:4度目の挫折と「禁期間」の真実
2022年6月から12月までの半年間、私はスマゲーを断っていました。
きっかけは、6月10日のボーナス日でした。サラリーマンにとってボーナスは、上司からの「仕事の評価」そのものです。評価が良かったことに単純な私は感激し、「もっと仕事を頑張らなければ!」と、4度目となるスマゲー封印を決意したのです。
超小型スマホ「Jelly 2」に変え、スマホ依存からも脱却できると高を括っていました。しかし、蓋を開ければ空いた時間にスキルアップに励むことはなく、タブレットでYouTubeや無料漫画アプリに没頭する日々。スマゲーをやめても、結局はガジェットそのものに依存している事実に気づかされました。
半年後の12月10日、仕事の評価は維持できていたものの、スマゲーをやめたことで得た実感が何もないことに虚しさを感じ、「6ヶ月ぶりのログインボーナス」を期待して、ついに再ログインしてしまったのです。
この半年間で得た教訓は、以下の通りです。
- やる気が空回りし、空いた時間を勉強に費やせなかった。
- 結局、YouTubeの視聴時間が増えただけだった。
- 無料漫画アプリを読み漁る時間が激増した。
- ストレスによる間食が増え、太ってしまった。
2.再開から2023年、そして現在へ
復活させたアプリは「ドッカンバトル」「ドラゴンボールレジェンズ」「ドラクエウォーク」「北斗の拳リバイブ」の4つです。
再開から約1年、禁欲の反動(リバウンド)は凄まじいものでした。暇さえあれば狂ったように画面を叩き、家族からは「お父さんはずっとゲームばかりしている」と呆れられる始末。50歳のおじさんが複数のスマホを駆使してゲームに耽る姿は、お世辞にも体裁が良いとは言えません。
「パチンコをやっているよりはマシ」「無課金だから金は減らない」と自分に言い聞かせてはいますが、心の中では「パチンコの次に無駄な時間だ」という自覚もありました。
3.挫折から感じた「スマホ」という分身の恐怖
4度の挫折を経て、私は悟りました。「もう無理だ」と。
すべてはスマートフォンのせいです。ガラケーに戻せば解決するのでしょうが、もはや現代の便利な生活を手放すことはできません。ウェアラブル端末ではありませんが、スマホはすでに「自分の分身」のような存在です。生活の中に深く潜む誘惑に、意思の力だけで勝つことなんて不可能なのです。
また、数ヶ月やめて復帰した際の「カムバックボーナス」の魅力も、依存を助長します。運営側も客を離さないよう必死なのです。結局、スマゲーをやめたからといって人生の充実度が上がるわけではない、という大いなる勘違いに気づかされました。
4.なぜ、スマゲーにハマるのか?(パチンコとの比較)
かつて依存していたパチンコと比較して、理由を整理しました。
- ガチャのギャンブル性: 確率でアイテムを引く「ガチャ」は、パチンコの当たりと同じ高揚感を与える。
- 「時間」が通貨になる: 無課金でガチャを引くには、膨大な時間をゲームに捧げなければならない。それが日々の「ステータス」にすり替わる。
- タイアップの魔力: アニメや漫画を題材にしているため、作品愛が依存を加速させる。
- 操作の単純さ: いつでもどこでも、深く考えずに操作できてしまう。
5.挫折からの教訓:共存の道を探す
4度の挫折を経て、私はスマゲーに「生かされる」ことを受け入れました。しかし、1年間とことん依存し続けたことで、ようやく心に落ち着きが出てきました。
復活して半年はガチャの引きも良く楽しめますが、それを過ぎると配布マネーが減り、ガチャの確率も驚くほど渋くなります。パチンコの確変が終わった時のような「通常状態」がやってくるのです。この「飽き」や「虚しさ」こそが、共存へのチャンスだと考えます。
まとめ:依存を「晒す」ことで共存する
人生は何かに依存するものであり、時間を消費するものです。しかし、スマゲーへの課金は、下手をすればパチンコ以上に危険なものになりかねません。
無課金者がスマゲーとの距離を保つための私の「共存ルール」はこうです。
- 新規ゲームは絶対にインストールしない。
- 何があっても「無課金」を貫く。
- 依存している今の有様を、ブログやSNSで発信する。
依存されっぱなしで終わるのは悔しい。だからこそ、その無駄だと思える時間を「ネタ」にして発信し、自分を客観視してみる。この記録が、誰かの、そして自分自身の救いになると信じています。

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