選択肢が多いという「不自由」を生きる。不安を払拭するための3つの思考法

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戦後の荒廃から立ち上がり、日本は高度経済成長を経て、かつてない平和と豊かさを手に入れました。誰もが夢を持ち、多様な生き方を選べる国際社会。一見、これ以上ない幸せな時代に見えます。

しかし、私は考えました。現代人の不安の根源は、皮肉にもその「選択肢の多さ」にあるのではないかと。

正解のない時代を、どうすれば迷わずに歩けるのか。私が自分自身の心を守るために辿り着いた、3つの自己完結マインドをご紹介します。

1. 出来事に「意味」を持たせない

人生には、望まない出来事が次々と起こります。しかし、本来その出来事自体には「良い」も「悪い」もありません。ただ、そこに私たちの感情が「幸運だ」「不運だ」と勝手に意味を付けているだけなのです。

悪い意味で解釈すれば、それは負の因果関係となってその後の人生を縛ります。それならいっそ、「出来事に意味を持たせない」のが真実です。

ことわざの「人間万事塞翁が馬(じんかんばんじさいおうがうま)」が教えてくれる通り、今の不幸が幸運の種になることもあれば、その逆もあります。感情が波立つのは仕方がありません。しかし、その波に意味をつけて、いつまでも引きずらないことが大切なのです。

2. 「自分中心」の選択を貫く

私は、何事も「誰かのために」という理由で選択しない方がいいと考えています。理想は、感情を脇に置き、自分にとって最も合理的で納得のいく道を選ぶこと。

もちろん、親や環境など自分では選べない「親ガチャ」のような現実は存在します。しかし、自分にどうすることもできないことに心を砕いても、現状は変わりません。

大切なのは、「自分が選択できる範囲」において、徹底して自分中心で考えること。 もし「他人のために動く」のだとしても、それは「その人を助けることで、自分の心が満たされるからだ」と解釈してください。すべての主導権を自分に取り戻すのです。

3. 他人の評価は「ノイズ」に過ぎない

「老夫婦とロバ」の寓話をご存知でしょうか。 ロバを連れて歩けば「使い道を知らない」と笑われ、二人で乗れば「ロバが可哀想」と叩かれ、一人が乗れば「歩いている方が不憫だ」と罵られる。

この話が示すのは、人はどんな選択に対しても、必ず何かしらの文句をつけるということです。他人の評価を気に病むのは時間の無駄です。自分の選択を他人がどう解釈するかは、ある程度「仕方のないこと」として割り切る勇気が必要です。


心が壊れそうになったら:まず「アウトプット」を

自然災害や悲しいニュースが絶えない今、心が深く傷つくこともあります。 以前、私は被災地でインタビューに答える人を見て「なぜあんな辛い時に話すのか」と疑問でした。しかし、今はわかります。人は心が壊れそうなとき、外へ吐き出す(アウトプットする)ことで、ようやく心の均衡を保てるのです。

話す相手がいなければ、一人で叫んでもいい。紙に書き殴ってもいい。 どんな形でもいいから、内に溜まった感情を「外に逃がす」こと。それが、立ち上がるための唯一の手段です。





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