やりたいこと わからない?

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この記事は、「やりたいことがわからない」という漠然とした悩みを抱えている人へ向けて、何かのヒントになれば幸いです。

私はもともと、強烈な無気力に陥りやすい人間でした。こうしてブログを書いているのも、数少ない「動けている瞬間」に過ぎないのかもしれません。過去の記事を見ればわかる通り、更新は何ヶ月も止まっていました。だからブログが私の「本当にやりたいこと」なのかと言われれば、正直今でもわかりません。それでも、なぜか私はまたキーボードを叩き始めています。

やりたいことがわからない理由1:現時点で「幸せ(コンフォートゾーン)」である

1つ目の理由は、良くも悪くも「今の生活で十分に足りている」ということです。心理学の用語に「コンフォートゾーン(安心できる領域)」という言葉があります。人はストレスのない安全な環境にいるとき、そこから無理に変化しようとは思いません。
私は人生の本質とは安心を求めることだと思っています。だからこそ、子供の頃に何不自由なく親に守られて育った私のような人間より、家庭環境などに葛藤があり「ここから抜け出したい」ともがいてきた人の方が、自発的な『やりたいこと』をハッキリと見つけやすい傾向にあるのではないかと考えています。

やりたいことがわからない理由2:自分の内なる「欲望」を解放していない

2つ目は、自分の本音に蓋をしていることです。やりたいことの原動力は、人間が本来持っている根源的な欲求(食欲、性欲、睡眠や安心)の延長線上にある『大人の遊び』です。理由1とも重なりますが、現状の生活にそこそこ満足していると、それ以上の欲求を無意識にセーブしてしまいます。
まずは自分の欲望を綺麗事抜きで解放してみる必要があります。私の場合も、ブログそのものがやりたかったわけではありません。「人と直接接するのは面倒くさい、でも自由になるお小遣いが欲しい!」というドロドロした本音を自覚し、解放したからこそ、広告収入というリターンがあるブログという手段に手を伸ばしているのです。

やりたいことがわからない理由3:エネルギーを奪う別の「依存習慣」がある

3つ目は、手軽に脳を麻痺させてくれる「別の依存先」があることです。私の場合は、かつては21年間のパチンコ・スロットであり、現在はスマホゲームの存在がそれにあたります。当然ですが、依存性の強い習慣にどっぷり浸かっていると、脳はその刺激だけで満足してしまいます。他にやりたいことを探すエネルギーはおろか、新しい欲求さえ湧いてこなくなります。かつてパチンコに狂っていた頃の私は、他にやりたいことなんて考える余地すらありませんでした。依存症は、人間の「未知への好奇心」を完全に奪い去る恐怖の装置です。

やりたいことがわからない理由4:生の人間とリアルに接していない

4つ目は、他者とのリアルな交わりが不足していることです。インターネットの普及によって、私たちは手軽にあらゆる情報にアクセスできるようになりました。しかし、画面の向こう側の情報はどこまでいっても2次元の平坦な世界であり、ただの一方通行に過ぎません。
私自身、自分の見た目への強いコンプレックスから、他人の視線を恐れてパチンコ屋の暗がりや画面の中に逃げ込み、生の人間関係を避けてきた過去があります。ですが、やりたいことの種は、泥臭い人間の体温や、生の声のやり取りの中にこそ落ちています。誰かのリアルな体験を五感で知ることで、初めて自分の心が動く可能性があるのです。

まとめ

もし、この記事を読んでいるあなたが20代や30代の方であれば、人生の最も充実しているはずの時期に「やりたいことがわからない」と焦る気持ちは痛いほどよく分かります。しかし、やりたいことを無理に探す必要はありませんし、わからない自分を責めて悩む必要もありません。
今回挙げた4つの要因の中に、もし思い当たる節があるなら、まずはその邪魔な要素(依存習慣や、本音を隠す癖など)を少しずつ取り除く努力をしてみてください。障害物がなくなれば、やりたいことは自然と姿を現します。

最後になりますが、私はそもそも「やる気」なんていう都合の良い感情は存在しないと考えています。「やるぞ!」と口先だけで意識してみたところで、人間の行動は変わりません。何かを動かすのは、いつだって頭の理性ではなく、自分の心の奥底から湧き出る切実な「欲求」そのものなのです。

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