
なぜ「よし、やろう」と思っても動けないのか?
「ブログを書こう」「新しい習慣を始めよう」 そう理性でいくら思っても、気がつけばスマホを手に取り、動画やゲームという「現実逃避の液晶画面」に逃げ込んでしまう。そんな経験はあるだろう。生活の一部になっているスマホを手放すことはできず常に
誘惑と私たちは戦い続けなければならない。
依存症というものは様々だが、実は止めることは理性のメカニズムでは可能だ。ただ止めても再開してしまう、半永久的に止めるには、依存システムを上書きする新たない習慣が必要なのだ。
燃費の悪い「怒り」からの卒業と「ピュアな欲」へのシフト
若い頃の私たちは、現状への不満や「見返してやりたい」という「怒り」を燃料にして動くことができた。しかし、人生を折り返した今、そんなトゲトゲした活力は残っていない。
それでいいのだ。心が成熟した大人は、自分をすり減らす燃費の悪い燃料を脳が拒否し始める。過去の怒りに用はない。
これからの大人を動かす本当のアクセル、それは「危機感」と、本能が理性へと翻訳した「ピュアな欲」の2つだけだ。 「苦労してまで稼ぎたくない。楽して稼ぎたい」というのが人間の本音だ。しかし、これだけ物価が上がり、普通に生きることすら生きづらくなってきた現代、ぬるま湯に浸かって現実逃避を続けていれば、数年後の未来は完全に「詰む」。
マイナスからゼロへ這い上がる「怒り」の時代は終わった。これからは、自分の人生をどれだけ豊かにできるかという「ピュアな欲」を燃料に、ゼロからプラスの「未来の取り分」を奪りに行くのだ。
良い習慣が続かない理由:すべての習慣の根底には「危機感」がある
「悪い習慣(依存)を断つのは難しいが、理性でなんとかなる。でも、良い習慣を作るほど難しいことはない」
なぜなら、そこには本能がビビるほどの「リアルな危機感」がセットされていないからだ。私たちが「当たり前」に続けている習慣の根底には、綺麗事ではなく、すべて泥臭い本能的な恐怖(危機感)が張り付いている。
- 歯を磨く習慣: 「健康のため」という理性の綺麗事では人間は動かない。磨かなければ虫歯になり、のたうち回り、最終的に「メシが食えなくなる(生存の危機)」という圧倒的な危機感があるから、どんなに眠くても磨く。
- お風呂に入る習慣: 入らなければ臭くなり、菌が繁殖し、社会から孤立して「社会的生活が営めなくなる」という恐怖(危機感)が根底にあるから入る。
お酒という強烈な本能の快楽に負けて、たまにこの「当たり前の習慣」が途切れるときがある。その時こそ、脳がバグを起こしている証拠だ。
つまり、ブログの執筆や副業といった「新しい良い習慣」を身につけたいなら、理性で管理しようとするな。「今ここで動かなければ、一生現実逃避の沼で溺れたまま人生が終わる」という圧倒的な危機感を、脳にプログラミングし直すしかない。
人生もパチンコ。結果はギャンブル、四の五の言わずに回せ
行動の結果は、常にギャンブルだ。期待する結果は「成功(出玉)」かもしれない。お金か、名声か、あるいは自己満足か。
だが、結果をコントロールすることは誰にもできない。どれだけ苦労して記事を書いても、外れるときは外れる。だから理性が「外れたら損だ、苦労したくない」とブレーキを踏み、行動を止めてしまう。
ここで視点を変えろ(リフレーミング)。 パチンコは、ハンドルを回さなければ大当りの確率は永遠にゼロだ。人生も全く同じ。「人生のハンドルを回すこと=行動すること」であり、その結果がどうあれ、回し続けることしか私たちにはできない。
やるなら今しかねぇ!
人生は「楽(らく)」を求めて逃げ回ると、楽しいと苦しいがセットになった「楽苦(らく)」に変わる。 現実逃避できた時間は楽しかった。でも、その分、私たちは苦しんできた。
活力が衰えた自分に「今更行動できるのか?」と言い訳を探すのはやめよう。 人生の折り返し地点に立ち、物価高の現代を肌で感じている今この瞬間こそが、あなたの人生の中で一番危機感がリアルな、最高のタイミングだ。
面倒な重労働(綺麗な文章構成やデータの整理)は、AIという頼れる相棒に全部丸投げすればいい。あなたがやるべきなのは、頭の中の熱量を吐き出すことだけだ。
言い訳に意味はない。ただ動かない事実。分かるんだ。今も常に行動しろと言い聞かす。
やるなら今しかねぇ。過去の34年に用はない。自分の人生のハンドルを、今すぐ回せ。動け!行け!
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